「私はそれを十分に見てきただけなのだが、面白いことに、今の私は自分が痩せているとわかる。店にはもっと小さい服があると知っているからである。私は自分を大きいと思っているが、本当に太っていたときにはそんなことを考えもしなかった」

- 1933年9月10日~2019年2月19日(85歳没)
- ドイツ出身
- ファッションデザイナー、写真家、シャネルおよびフェンディのクリエイティブディレクター
英文
“It’s only I have seen enough of it and the funny thing is now, I know that I’m skinny, because I know there are even smaller clothes in the store. I think I’m big, when I was big, I never thought about it.”
日本語訳
「私はそれを十分に見てきただけなのだが、面白いことに、今の私は自分が痩せているとわかる。店にはもっと小さい服があると知っているからである。私は自分を大きいと思っているが、本当に太っていたときにはそんなことを考えもしなかった」
出典
出典不詳(編集中)
解説
この言葉が意図しているのは、自己認識が身体の事実そのものではなく、比較と記号によって形成されるという洞察である。服のサイズという外部の尺度が、自分の体をどう感じるかを決めてしまい、実際に大きかったときよりも、痩せた今のほうが「大きい」と感じるという逆説が生まれる。ここでは身体は主観的な感覚と社会的な基準の交点として現れている。
この感覚は、イメージと消費が身体を定義する時代の文脈と結びついている。カール・ラガーフェルドが生きた文化環境では、サイズやシルエットが市場によって細分化され、自己像は常に外部の規格と照合されることで更新されていた。そのため、身体の実感は現実よりも、流通する記号の中で決まってしまう傾向が強まっていたのである。
現代においてこの言葉は、自由と自己形成の問題を照らし出す。啓蒙思想が理性による自己理解を求めたように、他人の基準や商品の尺度から距離を取り、自分の身体を自分の感覚で捉え直すことが主体の自律となる。比較の網の目から抜け出し、自分がどう在るかを自分で決めることが、ここでは静かな自由の実践として示されているのである。
「カール・ラガーフェルド」の前後の引用
よろしければ評価をお願いします

気に入ったら「いいね」していってね!