「私は英語、フランス語、ドイツ語を学ぶ必要がなかった。三つの言語で育てられたからである。学校に行く前から個人のフランス語教師がいた。それは大いに役立った」

- 1933年9月10日~2019年2月19日(85歳没)
- ドイツ出身
- ファッションデザイナー、写真家、シャネルおよびフェンディのクリエイティブディレクター
英文
“I never had to learn English, French and German because I was brought up as all three languages. I had a private French teacher before I even went to school. That helped a lot.”
日本語訳
「私は英語、フランス語、ドイツ語を学ぶ必要がなかった。三つの言語で育てられたからである。学校に行く前から個人のフランス語教師がいた。それは大いに役立った」
出典
出典不詳(編集中)
解説
この言葉が示しているのは、言語を技能として後から獲得するのではなく、環境として自然に身につけることが思考の自由度を決定づけるという感覚である。複数の言語で育つことは、単に語彙が増えるということではなく、世界を複数の枠組みで捉える能力を早くから持つことを意味する。ここでは、知識よりも感覚としての言語が自己の基盤になっているのである。
この状況は、戦前から戦後にかけてのヨーロッパ上流層の教育文化とも結びついている。その文脈でカール・ラガーフェルドは、国境を越えて活動することを前提とした教養の中で育ち、言語を障壁ではなく移動の手段として体得していた。言語の複数性は、国家や単一の文化に縛られない視野を形成する装置でもあったのである。
現代においてこの言葉は、教育と自由の関係を考える手がかりとなる。単一言語の枠に閉じこもることは、世界の理解を無意識のうちに狭めてしまう。啓蒙思想が重んじた理性的で開かれた主体に近づくためには、言語という思考の道具を複数持ち、異なる価値観のあいだを行き来できる能力を育てることが、自己形成の核心となるのである。
「カール・ラガーフェルド」の前後の引用
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