「ある動物は、狐のように狡猾で悪意に満ちており、犬のように勇猛で友好的で媚びるものもいる。象のように穏やかで飼い慣らしやすいものもいれば、ガチョウのように羞恥心があり、用心深いものもいる。孔雀のように嫉妬深く、装飾を好むものもいる」

- 紀元前384年~紀元前322年
- 古代ギリシャのマケドニア出身
- 哲学者、科学者、学園「リュケイオン」設立者
英文
“Some animals are cunning and evil-disposed, as the fox; others, as the dog, are fierce, friendly, and fawning. Some are gentle and easily tamed, as the elephant; some are susceptible of shame, and watchful, as the goose. Some are jealous and fond of ornament, as the peacock.”
日本語訳
「ある動物は、狐のように狡猾で悪意に満ちており、犬のように勇猛で友好的で媚びるものもいる。象のように穏やかで飼い慣らしやすいものもいれば、ガチョウのように羞恥心があり、用心深いものもいる。孔雀のように嫉妬深く、装飾を好むものもいる」
解説
この言葉は、アリストテレスが『動物誌(Historia Animalium)』において記した動物の観察と性格分類に関する記述の一節である。彼は、自然哲学者として動物を単に生物学的存在としてではなく、行動や性質によって分類し、それを人間の倫理や社会への理解にも応用しようとした。この観察は、人間と動物の連続性を理解する試みでもあった。
アリストテレスは、動物がそれぞれ異なる性格・気質・感情的傾向を持つと認識し、それを擬人化することで、人間の性質を比較対照的に描き出している。たとえば、狐の狡猾さは人間の策略家に、孔雀の虚栄心は人間の見栄に通じるといったように、自然界の観察から倫理的洞察を引き出す手法がここに見られる。
この名言は、今日の動物行動学的観点から見れば擬人化的でありながらも、生き物の多様性と性質への深い興味と観察眼に支えられている。それはまた、人間の感情や徳性を相対化し、自然全体の中に位置づけようとする哲学的態度を示しており、アリストテレスの博識と経験主義的思考の一端を象徴するものである。
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