「そもそも人間のありさまは、あらゆることがとどまることなく移り変わる。生の始まりを知らない以上、死の終わりも理解できない。人は暗闇の中をさまよい、苦しみの海に沈んでいくのである」

- 1394年2月1日~1481年12月12日(87歳没)
- 日本出身
- 禅僧、詩人、思想家、臨済宗の僧
原文
「夫れ人間あり様、万事とどまる事なし。もとより生のはじめを知らざれば、死の終をわきまへず。やみやみ茫々として苦の海にしづむ也」
現代語訳
「そもそも人間のありさまは、あらゆることがとどまることなく移り変わる。生の始まりを知らない以上、死の終わりも理解できない。人は暗闇の中をさまよい、苦しみの海に沈んでいくのである」
出典
一休仮名法語
解説
この言葉は、人間の在り方が本質的に流動的であり、いかなる事象もとどまらないという無常の認識を示している。生の始まりを自覚しないまま生きる者は、死の終わりも理解できず、結果として人生全体を見通す視座を欠く。始まりと終わりの両端を知らぬ思考は、現在の位置づけを曖昧にし、苦を自覚できないまま苦に沈む状態を生むのである。
この言葉が語られた背景には、形式化した信仰や慣習の中で、生と死が観念として消費されていた状況がある。一休宗純は、人が生の由来を問わず、死を遠ざけて考える態度そのものが迷妄であると見抜いた。無常を知るとは、悲観に陥ることではなく、変化を前提に現在の生を引き受けるための思考であった。
現代においてこの言葉は、成長や成功を直線的に捉え、終わりを視野から排除する社会意識への警鐘として読める。始まりと終わりを意識しない勤労や自己形成は、目的を失った努力となり、苦を増幅させる。自由とは未来の選択肢を無限に広げることではなく、有限性を理解した上で現在の行為を律する能力である。この言葉は、啓蒙とは時間の全体像を引き受ける知性であり、それによってのみ苦の海から浮上する視点が得られることを示している。
「一休宗純」の前後の引用
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