「善悪の判断はいったん脇に置き、生は生として、死は死として、花は花、水は水、草は草、土は土として受け取れ」

一休宗純
一休宗純(画像はイメージです)
  • 1394年2月1日~1481年12月12日(87歳没)
  • 日本出身
  • 禅僧、詩人、思想家、臨済宗の僧

原文

「是は是非は非にして置き、生は生、死は死、花は花、水は水、草は草、土は土」

現代語訳

「善悪の判断はいったん脇に置き、生は生として、死は死として、花は花、水は水、草は草、土は土として受け取れ」

出典

一休水鏡

解説

この言葉は、是非や善悪といった判断を一度脇に置き、物事をあるがままに受け取る態度を示している。生や死、花や水といった存在は、意味づけや評価を与えられる以前に、それぞれ固有の在り方として成立している。人間の思考が付与する区別や価値判断こそが、現実を歪め、無用な葛藤を生み出すという認識がここに表れている。

この考え方が示された背景には、教義や道徳の是非を巡る論争が先鋭化していた時代状況がある。一休宗純は、是非を決める言葉や理屈が、かえって生や死の現実から人を遠ざけていると見ていた。花を花として、水を水として見ることは、思考の放棄ではなく、概念に先立つ現実への徹底した信頼を意味している。

現代においてこの言葉は、あらゆる事象を評価や意味づけによって管理しようとする知的態度への批判として読める。啓蒙や合理性が進むほど、人は是非の枠組みに依存し、世界を操作可能な対象として扱いがちになる。この言葉は、自由とは判断を増やすことではなく、判断に支配されない規律を身につけることだと示唆する。自己形成や勤労倫理においても、成果や評価以前に、行為そのものを行為として引き受ける姿勢が、人を過度な自己正当化から解放するのである。

「一休宗純」の前後の引用


よろしければ評価をお願いします

気に入ったら「いいね」していってね!