「私はスケッチを信じている。なぜならスケッチにはとても繊細な何かがあり、コンピュータで作った、誰のものとも同じように見えるものにはそれがないからである。たとえ後で出来上がる服が良くても、私は描くことが好きであり、自分のスケッチのあとに同じ形の痕跡が残るのを見るのが好きなのだ。それが私の好みである」

- 1933年9月10日~2019年2月19日(85歳没)
- ドイツ出身
- ファッションデザイナー、写真家、シャネルおよびフェンディのクリエイティブディレクター
英文
“I believe in sketching because there is something very sensitive in sketching, you know, in sketches that you don’t have out of a computer that looks the same like everybody even if, later on, the dresses are OK, but I like to sketch, and I like to see trails made after my sketches that look the same. It is you know, what I like.”
日本語訳
「私はスケッチを信じている。なぜならスケッチにはとても繊細な何かがあり、コンピュータで作った、誰のものとも同じように見えるものにはそれがないからである。たとえ後で出来上がる服が良くても、私は描くことが好きであり、自分のスケッチのあとに同じ形の痕跡が残るのを見るのが好きなのだ。それが私の好みである」
出典
出典不詳(編集中)
解説
この言葉が意図しているのは、創造における手の痕跡と個人性の不可分な関係である。スケッチには揺らぎや偶然、ためらいが刻まれ、それが表現を生きたものにするが、コンピュータの均質な線はその微細な差異を消してしまう。ここでは完成度よりも、過程に宿る感受性が価値の源とされているのである。
この感覚は、デジタル化が進む制作環境への反応として生まれている。カール・ラガーフェルドが活動した時代には、設計やデザインが次第に画面上で完結するようになり、個々の手の癖が見えにくくなっていった。その中でスケッチを重んじる態度は、身体的な行為を創造の核に戻そうとする抵抗でもあったのである。
現代においてこの言葉は、自由と自己形成の問題に新たな光を当てる。自動化とテンプレートが溢れる社会では、同じように見える成果物が量産されやすいが、手で描くことは主体の判断と失敗を可視化する。啓蒙思想が理性と経験の結びつきを重視したように、ここでは手の動きが思考を外化し、個人の自由な判断を形として残す行為として再評価されているのである。
「カール・ラガーフェルド」の前後の引用
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