「少しばかりの学びは確かに危険なこともあるが、学びの欠如はどの民族にとっても災厄である」

- 1818年2月頃~1895年2月20日(77歳没)
- アメリカ合衆国出身
- 奴隷解放運動家、作家、演説家、政治活動家
英文
“A little learning, indeed, may be a dangerous thing, but the want of learning is a calamity to any people.”
日本語訳
「少しばかりの学びは確かに危険なこともあるが、学びの欠如はどの民族にとっても災厄である」
出典
出典不詳(編集中)
解説
この言葉が意図しているのは、知識の未熟さが誤解や傲慢を生む危険を孕む一方で、無知そのものは社会と個人の可能性を根本から破壊するという考え方である。誤った理解は修正されうるが、理解しようとする力が欠けている状態では、判断も自律も育たず、人は他者の意志に流されやすくなるという価値観がここに示されている。
この考えが語られた十九世紀の文脈では、教育の欠如が特定の人々を従属的な立場に縛りつける手段として機能していた。フレデリック・ダグラスは、読み書きや思考力を奪われた状態こそが隷属の核心であると見抜き、学ぶことを自由への実践的な道として位置づけていたのである。知識は単なる教養ではなく、市民として自己を形成するための武器であった。
現代においてもこの言葉は、情報が溢れる社会ほど、体系的な学びの重要性が増すことを示唆している。断片的な知識は偏見や操作に利用されやすいが、継続的な学習は判断力と自律を育て、自由な社会の基盤となる。啓蒙思想と勤労倫理の伝統において、学ぶことは単なる個人の向上ではなく、社会全体を無知の支配から解放するための不可欠な条件なのである。
「フレデリック・ダグラス」の前後の引用
よろしければ評価をお願いします

気に入ったら「いいね」していってね!