「強制的な政府の慈善に美徳はなく、それを擁護することにも美徳はない。政府の慈善事業を拡大したいがために自らを『思いやりがあり、繊細である』と描く政治家は、単に他人の金で善行をしようとしているにすぎない」

- 1947年11月14日~2022年2月15日(74歳没)
- アメリカ合衆国出身
- 政治風刺作家、ジャーナリスト、ユーモリスト
英文
”There is no virtue in compulsory government charity, and there is no virtue in advocating it. A politician who portrays himself as ‘caring’ and ‘sensitive’ because he wants to expand the government’s charitable programs is merely saying that he’s willing to try to do good with other people’s money.”
日本語訳
「強制的な政府の慈善に美徳はなく、それを擁護することにも美徳はない。政府の慈善事業を拡大したいがために自らを『思いやりがあり、繊細である』と描く政治家は、単に他人の金で善行をしようとしているにすぎない」
解説
この名言は、政府による再分配と偽善的な政治家像を鋭く批判している。オロークは、強制徴税によって行われる慈善は本来の「自発的な善行」ではなく、したがってそこに美徳は存在しないと断じている。さらに、政治家がその制度を利用して「思いやり」を演出することは、実際には自己正当化の手段にすぎないという皮肉が込められている。
背景として、アメリカでは20世紀後半以降、政府の福祉政策や再分配の是非が激しく議論されてきた。リバタリアン的立場を持つオロークは、個人の自由と責任を重視し、政府による「善意の強制」を偽善とみなした。この発言は、大きな政府を批判する文脈で理解できるものである。
現代に応用すると、この言葉は公共政策の正当性と倫理性を考えるうえで示唆的である。社会保障や福祉制度は必要不可欠である一方で、それを推進する政治家が自己宣伝のために利用するならば、政策の本質が歪められる。オロークの皮肉は、善意の名を借りた権力拡大を警戒し、本物の慈善とは自発性と誠実さに基づくべきであるという原則を強調しているのである。
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