「男でありながら『女大学』を読んで、婦人の道とはこのようなものだと思うのは、とんでもない間違いである。『女大学』は女子のための教訓書であり、貞操の心を鍛えるための書物である」

- 1787年9月4日~1856年11月17日
- 日本出身
- 経世論、農政家、思想家、実践的儒学者
原文
「男子にして女大学を読み、婦道はかかる物と思ふは、以の外の過ちなり。女大学は女子の教訓にして、貞操心を鍛錬するための書なり」
現代語訳
「男でありながら『女大学』を読んで、婦人の道とはこのようなものだと思うのは、とんでもない間違いである。『女大学』は女子のための教訓書であり、貞操の心を鍛えるための書物である」
解説
この言葉は、『女大学』という女子向けの教訓書を男性が誤って一般的な婦道の基準とする危険性を指摘したものである。二宮尊徳は、江戸時代後期の儒教道徳が強調されすぎることによる弊害をも見抜いていた人物であり、ここでは文脈を無視した教義の誤用に対する批判が込められている。「以の外の過ちなり」という断言は、男女の本質的な在り方や役割を、単純な教科書で一律に規定してはならないという立場を明確にしている。
『女大学』とは儒学者である貝原益軒が江戸時代の女性向けに書いた道徳書で、従順・貞淑・慎みを重んじる内容である。尊徳はそれを「女子の教訓」と位置づけつつも、それをもって「婦道(女性全体の生き方)」と混同することの誤りを戒めている。つまり、その書が目的とするのは女子の品性向上であって、男性がそれをもとに女性を裁く基準にするのは筋違いである。
現代においても、ある立場の人向けに書かれた指針や助言が、文脈を無視して他者への押しつけや偏見の根拠に使われることがある。たとえば、自己啓発書や宗教的道徳を自他に一律に適用する行為は、理解の浅さによる弊害を生みやすい。この名言は、教育や道徳の書は、それぞれの立場に応じて読むべきものであり、その趣旨を理解せずに一般化することは誤解と差別の温床となることを鋭く警告しているのである。
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