「人の霊的な本質から生まれる心を『真心』といい、それはすなわち『道心』である。身体的な欲望から生まれる心を『私心』といい、それはすなわち『人心』である」

- 1787年9月4日~1856年11月17日
- 日本出身
- 経世論、農政家、思想家、実践的儒学者
原文
「人の神魂に就て生ずる心を真心と云ふ。則ち道心なり。身体に就て生ずるを私心と云ふ。則ち人心なり」
現代語訳
「人の霊的な本質から生まれる心を『真心』といい、それはすなわち『道心』である。身体的な欲望から生まれる心を『私心』といい、それはすなわち『人心』である」
解説
この言葉は、人間の内面に存在する二つの異なる心の性質――「道心」と「人心」について明確に区別した教えである。「神魂に就て生ずる」とは、人間の天から授かった本性や道徳的直観を指しており、そこから生じる「真心」は利他的で誠実な心、すなわち「道心」であるとされる。一方で「身体に就て生ずる」とは、肉体の欲望や本能的な感情から生まれる「私心」、すなわち利己的で自己中心的な心であり、それが「人心」と呼ばれる。
この区別は、儒教思想や陽明学の影響を受けた尊徳の道徳観に通じるものであり、人が正しく生きるためには、道心を育て、私心を抑えることが肝要であるとする根本理念に基づいている。尊徳の人生そのものがこの考えの実践であり、彼は常に私利私欲ではなく、公共の利益や人々の救済を第一義とする行動を選んだ。
現代においても、人はしばしば自己の欲望や利得のために判断を誤りがちである。例えば、仕事の成果よりも出世や利益を優先する心、他人を思いやるよりも自己正当化に走る姿勢などは、「私心」に支配された「人心」の表れである。それに対して、自分の利益よりも誠実さ、社会的公正、他者の幸福を重んじる心は、「真心」すなわち「道心」に基づいたものである。この名言は、内面の動機を常に吟味し、いかにして道義に基づく心で生きるかを問いかけているのである。
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