「インドの血とインドの黄金が求められ、そして不幸にも差し出されてしまった――それはトルコを打ち砕き、ローラット法という足かせを買うために捧げられたのだ」

ムハンマド・アリー・ジンナー(画像はイメージです)
ムハンマド・アリー・ジンナー(画像はイメージです)
  • 1876年12月25日~1948年9月11日(71歳没)
  • パキスタン出身
  • 政治家、弁護士、パキスタン建国の父、初代総督

英文

”India’s blood and India’s gold was sought and unfortunately given – given to break Turkey and buy the fetters of the Rowlatt legislation.”

日本語訳

「インドの血とインドの黄金が求められ、そして不幸にも差し出されてしまった――それはトルコを打ち砕き、ローラット法という足かせを買うために捧げられたのだ」

出典

出典不詳(編集中)

解説

この言葉は、ジンナーが第一次世界大戦後のインドの状況を批判した発言である。イギリスは戦争遂行のためにインドから兵士と資金を動員したが、その見返りとしてインドに自治や権利が与えられることはなかった。むしろ戦後には、政治的自由を制限するためのローラット法が制定され、インド人はさらなる抑圧を受けた。ジンナーは、インドの犠牲が外地での戦争に利用され、結局は自らの自由を奪う結果になったことを痛烈に批判している。

歴史的背景として、ローラット法(1919年)は、裁判なしでの拘禁や検閲を認める強権的立法であり、インド全国に強い反発を呼んだ。この政策はアムリットサルの虐殺事件へとつながり、イギリスへの不信感を決定的に高めた。ジンナーは当時、インド国民会議派に属しており、こうした裏切りの構造に強い憤りを感じていた。

現代においても、この言葉は重要な教訓を持つ。大国の戦略や国際的取引の中で、弱い立場の国や人々が犠牲を強いられる構造は依然として存在する。ジンナーの批判は、他国の利益のために流された犠牲が、自国の自由や権利を損なうことにつながるという普遍的な警告であり、国際政治における自主性と警戒心の必要性を訴えている。

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