「水平線はまっすぐだっていうふうに思わなくていい。自分たちの生きているところにまっすぐなものはないから」

宮崎駿
  • 1941年1月5日~
  • 日本出身
  • アニメーション監督、映画監督、脚本家、スタジオジブリ共同創設者

原文

「水平線はまっすぐだっていうふうに思わなくていい。自分たちの生きているところにまっすぐなものはないから」

出典

続・風の帰る場所 映画監督・宮崎駿はいかに始まり、いかに幕を引いたのか

解説

この発言は映画『崖の上のポニョ』の制作時に語られたものであり、水平線さえも「丸く歪んで見える世界観」を表現せよという指示として生まれた。宮崎駿は島の風景を観察し、道路は曲がり、家は歪み、まっすぐなものなど存在しないと気づいた。そこで「水平線を丸く描け」と伝え、世界を統制された直線ではなく、幼児の感覚でとらえる「揺らいだ世界」として表現することを強調したのである。

この姿勢の根底にあるのは、幼児性を全開にして世界を捉えるべきだという創作哲学である。宮崎にとって幼児的感覚とは、理屈や遠近法に支配されない、身体と感情で世界を認識する方法であり、それによって背景やキャラクターに生の温度が生まれると考えた。『ポニョ』ではまさにその感覚が徹底され、直線を排した丸みのある背景や、感情の動きに合わせて揺れるような描線が特徴となった。幼児的感覚による歪みこそ、世界に生命感を取り戻す手段であった。

現代社会では、正確さや合理性が重視される一方で、感覚的な世界の把握が見落とされがちである。しかし宮崎は、世界を正確に描くことよりも、生きている世界そのものの“不揃いさ”を描くことがリアリティにつながると考えた。この言葉は、創作において論理よりも感覚を優先し、世界の歪みを肯定することで“生きる実感”を描こうとする姿勢を鮮明に示すものである。水平線をまっすぐ描かず、丸く描くことは、世界の豊かさと生命力を信じる行為なのである。

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