「人間性に、忘却と、それに伴う過去の美化がなかったとしたら、人間はどうして生に耐えることができるであろう」
- 1925年1月14日～1970年11月25日
- 日本出身
- 小説家、劇作家、評論家、政治活動家
- 『仮面の告白』『金閣寺』などで戦後日本文学を代表する存在となり、国内外で高い評価を得た。美と死を主題に独自の美学を追求し、最期は自衛隊駐屯地で割腹自殺を遂げた。文学と行動を一致させた生き様で今なお強い影響を与えている。
原文
「人間性に、忘却と、それに伴う過去の美化がなかったとしたら、人間はどうして生に耐えることができるであろう」
解説
この言葉は、三島由紀夫が人間存在における忘却と記憶の機能を深く洞察したものである。人間は、苦しい過去を忘れたり、あるいは美化して受け入れることで、生きる苦悩を和らげ、現在を耐え抜く力を得ているという認識が示されている。ここでは、忘却と過去の美化という一見不誠実に思える働きが、実は人間に不可欠な生存戦略であるという逆説的な真理が語られている。
三島は、人間の精神が過去の悲惨や失敗を直視し続けるだけでは、到底生に耐えられないことをよく理解していた。忘却とは、単なる記憶の劣化ではなく、生を肯定するための能動的な防衛機構であり、美化とは、苦い過去に意味や価値を与えるための精神的昇華である。この言葉は、三島が持っていた人間の弱さを肯定する優しいまなざしと、生存に対する鋭いリアリズムを象徴している。
現代においても、この指摘はきわめて妥当である。たとえば、トラウマや失敗を完全に記憶し続けることが精神に深刻なダメージを与えることは医学的にも知られており、忘却や過去の再解釈が心の回復に必要なプロセスであることが認められている。忘却と美化は人間が生き抜くための静かで力強い知恵であり、単なる弱さではない。
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