「有罪の者を罰しそこねるほうが、無実の者を罰するよりましである」

紀元前106年1月3日~紀元前43年12月7日
ローマ共和国出身
政治家、弁護士、哲学者、雄弁家
共和政ローマを代表する弁論家・思想家として知られ、ラテン文学とローマ法の発展に多大な影響を与えた。政治的混乱の中で共和政の理想を擁護し、著作を通じて西洋政治思想と修辞学に大きな遺産を残した。
英文
”Rather leave the crime of the guilty unpunished than condemn the innocent.”
日本語訳
「有罪の者を罰しそこねるほうが、無実の者を罰するよりましである」
解説
この言葉は、法と正義の根本原則として「無実の者を罰してはならない」という厳格な倫理を示すキケロの法哲学を代表する格言である。彼は、法の目的が単なる秩序維持ではなく、真の正義の実現にあることを強調し、その中でもとりわけ「無辜(むこ)の保護」が最優先されるべきだと説いた。つまり、たとえ有罪者が罰を免れる結果になったとしても、無実の者が不当に裁かれることの方が、法にとってははるかに重大な過失であるという立場である。
この考え方は、キケロの『義務について(De Officiis)』や『弁護演説』などにも見られ、ローマ法の精神的基盤となった「疑わしきは被告人の利益に(in dubio pro reo)」という原則と共鳴する。また、後世における法治主義、近代刑法、啓蒙思想(特にベッカリーアやブラックストーン)においても、このキケロ的思想が重要な出発点となっている。
現代においてもこの格言は、冤罪防止の原理、証拠主義、裁判の慎重性といった文脈において極めて重要である。迅速な「正義の実現」が叫ばれる中であっても、拙速な断罪が無辜の人を傷つける危険を常にはらんでいる。たとえば、世論やメディアの圧力による誤判、偏見に基づく告発などがまさにその危険を示す。キケロのこの言葉は、正義とは感情や報復ではなく、慎重で節度ある理性によって支えられるべきであるという、古代から現代に至るまで変わらぬ法の倫理的核心を鋭く伝える格言である。
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