「私は、大恐慌が生徒たちに何をもたらしているかを目の当たりにした。彼らはしばしば職を得ることができず、得られたとしても全く不十分なものだった。そして彼らを通して、政治的・経済的出来事が人間の人生にいかに深く影響を及ぼすかを理解し始めた。私は、社会の生活にもっと積極的に関わる必要を感じ始めた」

- 1904年4月22日~1967年2月18日
- アメリカ合衆国出身
- 理論物理学者、科学行政官、教育者
- マンハッタン計画において原子爆弾の開発を主導し、「原爆の父」と呼ばれる。戦後は核兵器の規制と倫理的責任を訴え、冷戦下の科学と政治の関係に深い影響を与えた。
英文
“I saw what the Depression was doing to my students. Often they could get no jobs, or jobs which were wholly inadequate. And through them, I began to understand how deeply political and economic events could affect men’s lives. I began to feel the need to participate more fully in the life of the community.”
日本語訳
「私は、大恐慌が生徒たちに何をもたらしているかを目の当たりにした。彼らはしばしば職を得ることができず、得られたとしても全く不十分なものだった。そして彼らを通して、政治的・経済的出来事が人間の人生にいかに深く影響を及ぼすかを理解し始めた。私は、社会の生活にもっと積極的に関わる必要を感じ始めた」
解説
この言葉は、科学者としての立場から社会的現実に目覚めていく過程を語ったものである。オッペンハイマーは、1930年代のアメリカで起きた世界恐慌(Great Depression)の影響を、教え子たちの困窮という具体的な現実を通じて実感した。学問の世界に身を置きながらも、経済的構造や政治の動向が個人の生と希望を直撃する様子を見たことで、彼の内面に社会参加への強い動機が芽生えたのである。
「政治的・経済的出来事が人生に影響を与える」という認識は、知的エリートの象牙の塔からの離脱と、公共的責任への目覚めを意味する。この体験は、のちの彼の政治的関心や社会運動への関与、さらには共産主義者との交流にもつながっていく。オッペンハイマーにとって、科学と社会は切り離せるものではなくなったのである。
現代においても、社会不安や経済格差が教育や若者の未来を脅かしている状況は続いている。この言葉は、専門職や知識人が社会的無関心を捨て、現実に向き合うことの意義を教えてくれる。オッペンハイマーのこの内省的発言は、科学と倫理、個人と社会の接点に立つ者としての誠実な責任感を象徴しているのである。
感想はコメント欄へ
この名言に触れて、あなたの感想や名言に関する話などを是非コメント欄に書いてみませんか?