「私にとって門閥制度は、まるで親の仇のように憎むべきものでございます」

福沢諭吉(画像はイメージです)
福沢諭吉(画像はイメージです)
  • 1835年1月10日~1901年2月3日(66歳没)
  • 日本出身
  • 思想家、教育者、著述家、啓蒙運動の先導者、慶應義塾の創設者

原文

「私の為めに門閥制度は親の敵で御座る」

現代語訳

「私にとって門閥制度は、まるで親の仇のように憎むべきものでございます」

解説

この言葉は、福沢諭吉が封建的な身分制度=門閥制度に対して強烈な嫌悪感を抱いていたことを、痛烈な比喩によって表現したものである。「親の敵(かたき)」という言葉には、深く個人的で情念のこもった怒りと敵意が込められており、単なる制度批判にとどまらず、福沢の思想と人生に根差した激しい反発を表している。

「門閥制度」とは、家柄や血筋によって人の地位や役割が決定される身分制社会の構造を指す。これは、福沢が生きた幕末から明治初期にかけての日本社会において強く根づいていたものであり、才能や努力よりも家柄が優先される社会的不公正の象徴であった。

福沢はそのような社会にあって、「天は人の上に人を造らず」の精神を掲げ、すべての人間が生まれながらに平等であり、努力によって自らの地位や人生を切り拓くべきだと主張した。したがって、門閥制度は彼にとってまさに進歩と自由を妨げる最大の敵であり、それを憎悪の対象として語るのは当然のことであった。

この言葉は、現代の学歴社会や階層格差の問題にも通じる視点を提供する。制度的特権に寄りかかる社会構造への批判と、個人の能力や人格に基づく評価を求める声として、今なお鋭く響く福沢諭吉の名言である。

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