「博識とは、知識や見聞が広いことであり、善いことだけを知っているという意味ではない。悪いことについても深く理解し、それを行う方法すら知っていながら、君子はあえてそれを行わないだけなのだ」

- 1835年1月10日~1901年2月3日(66歳没)
- 日本出身
- 思想家、教育者、著述家、啓蒙運動の先導者、慶應義塾の創設者
原文
「博識とは知識見聞の博きことにして、必ずしも善き事のみを知るに非ず、悪しき事をも知り尽して之を行ふの方法をも弁へながら、君子は敢て之を行はざるのみ」
現代語訳
「博識とは、知識や見聞が広いことであり、善いことだけを知っているという意味ではない。悪いことについても深く理解し、それを行う方法すら知っていながら、君子はあえてそれを行わないだけなのだ」
解説
この言葉は、真の教養や知識とは、善悪の区別を超えて幅広く世界を理解することにあり、そのうえで善を選び、悪を行わない判断力と品格を備えることが重要であるという福沢諭吉の倫理観を示している。知識があるということは、単に「善いことを多く知っている」ことではなく、悪の本質や手段も理解しているということを含む。
ここで福沢が強調しているのは、知ることと行うことの間には倫理的選択があるという点である。真に博識な者は、悪を知らないのではなく、悪を理解したうえで、それを行わない理性と道徳を持っている。これはまさに、古代中国で言う「君子」の姿であり、行動の善悪は単なる無知や習慣ではなく、深い理解に基づいた意志の選択であるべきだという考え方である。
現代でも、情報が氾濫する中で、どれだけ知っているかではなく、その知識をどう活かし、何を選択するかが人間の品位を決定する。福沢のこの言葉は、知識と道徳、知と行動の関係を深く考える上での重要な示唆を与えてくれる。学ぶ者こそが、悪を避ける責任を持つという倫理的自覚が、ここに明確に示されている。
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