「桃太郎が鬼ヶ島へ行ったのは、宝を奪いに行くためだったという。これはとんでもないことではないか。宝は鬼が大切にして保管していたものであり、その宝の持ち主は鬼なのである」

- 1835年1月10日~1901年2月3日(66歳没)
- 日本出身
- 思想家、教育者、著述家、啓蒙運動の先導者、慶應義塾の創設者
原文
「ももたろふが、おにがしまにゆきしは、たからをとりにゆくといへり。けしからぬことならずや。たからは、おにのだいじにして、しまいおきしものにて、たからのぬしはおになり」
現代語訳
「桃太郎が鬼ヶ島へ行ったのは、宝を奪いに行くためだったという。これはとんでもないことではないか。宝は鬼が大切にして保管していたものであり、その宝の持ち主は鬼なのである」
解説
この言葉は、通説に従って美化されがちな昔話『桃太郎』に対して、常識を逆転させて批判的に再解釈するユーモラスかつ挑発的な福沢諭吉の風刺精神をよく表している。桃太郎は「正義の味方」として鬼退治に赴く英雄とされてきたが、福沢はここで、鬼側の視点に立って、道徳的な問いを投げかけている。
「たからのぬしはおになり」とは、本来その宝を所有していたのは鬼であり、それを奪いに行った桃太郎こそが略奪者ではないかという逆説的な主張であり、一方的な正義の構図への批判と読み取れる。このような見方は、単に昔話をからかっているのではなく、支配や征服、美化された歴史の裏にある倫理的矛盾を問い直す態度に通じる。
現代にも通じる視点として、国家の戦争や制裁、歴史教育の偏りといった問題が挙げられる。福沢のこの一文は、常識や伝統の裏側にある真実を疑い、他者の立場から物事を捉える思考の重要性を教えている。風刺と知性に満ちた、思考を揺さぶる名言である。
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