「自然は我々に教えてくれる――何百億光年もの時が流れたかもしれないが、あらゆる形態の生命は常に、物質と放射の驚異的な組み合わせのもとに存在してきたのだ」

- 1926年8月13日~2016年11月25日
- キューバ出身
- 革命家、政治家、弁護士
英文
“Nature teaches us that tens of billions of light years may have passed, and life in all of its expressions has always been subjected to an incredible combination of matter and radiation.”
日本語訳
「自然は我々に教えてくれる――何百億光年もの時が流れたかもしれないが、あらゆる形態の生命は常に、物質と放射の驚異的な組み合わせのもとに存在してきたのだ」
解説
この言葉は、フィデル・カストロの視点が社会や政治にとどまらず、宇宙論的なスケールにまで広がっていたことを示す哲学的・自然科学的考察である。ここでは、生命の存在が偶然ではなく、「物質と放射(エネルギー)」という自然界の基本要素の絶妙なバランスによって可能になってきたという宇宙的認識が語られている。
「何百億光年もの時が流れたかもしれない」という表現は、人類や地球生命の歴史を超越する時間軸で自然を見つめる謙虚さを表しており、これはカストロの政治的確信とは異なる、知的探究と驚異に満ちた視点でもある。そして「生命のあらゆる形態は常に影響を受けてきた」という部分には、生命が自然の法則と環境条件に根本的に従属しているという科学的真理への理解が込められている。
この言葉は現代において、人類が自然とどのような関係にあるべきか、また科学・技術・環境をめぐる倫理的問いにどう向き合うべきかを考えるための重要な出発点となる。カストロのこの発言は、政治家としての彼の枠を超えて、生命の起源と宇宙的秩序への敬意を込めた知的・哲学的考察であり、人類の謙虚さと責任を促す普遍的なメッセージである。
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