パラマハンサ・ヨガナンダ

パラマハンサ・ヨガナンダ(画像はイメージです)
パラマハンサ・ヨガナンダ(画像はイメージです)
  • 1893年1月5日~1952年3月7日(59歳没)
  • インド出身
  • ヨーガ指導者

人物像と評価

パラマハンサ・ヨガナンダ(Paramahansa Yogananda)は、インド出身の霊的指導者であり、ヨーガと瞑想の教えを西洋に広めた先駆者である。

彼は「自己実現フェローシップ」を創設し、クリヤ・ヨーガを中心とした修行体系を伝えた。

代表作『あるヨギの自叙伝』は世界的なベストセラーとなり、Apple創業者のスティーブ・ジョブスなど多くの人々にインドの精神文化と瞑想実践を紹介した。

彼の教えは宗派を超え、心の平安や神との一体感を強調し、現代のスピリチュアル運動に大きな影響を与えた。

一方で、その普遍的な教えは一部の学者からは抽象的で科学的検証に乏しいと批判されることもあった。

しかし、東洋思想と西洋社会をつなぐ役割を果たした点で高く評価され、精神世界における橋渡し的存在として今もなお尊敬を集めている。

名言

  1. 「人間が重要であるのは唯一の意味においてである。それは神の似姿として創られたからである。肉体や自我や人格のために重要なのではない。自我意識を常に肯定することこそが、あらゆる問題の源である」
  2. 「多くの偉大な芸術、詩、音楽の作品は、星界の記憶に触発されている。地上で高貴で美しいことを成そうとする欲求もまた、人の地上の生涯の間にある星界での体験の名残であることが多い」
  3. 「真理とは現実との正確な一致である」
  4. 「最も賢明なのは公平であることだ。健康を持っていても、それに執着すれば常に失うことを恐れるだろう。その喪失を恐れていて病にかかれば、苦しむことになる。ならば、なぜ自己の中に永遠の喜びを見出さないのか」
  5. 「ヨガとは、思考の自然な騒乱を制御する方法である。その騒乱は、公平にもあらゆる国の人々が霊としての真の本質を垣間見ることを妨げている。ヨガは、太陽の癒しと公平な光と同じように、東西の隔てを知ることはない」
  6. 「肉体的自我は、誤った物質的行為によって、常に祝福された魂という真の本性を覆い隠すとき、自らの最大の敵となる」
  7. 「肉体的自我、人間における活動的意識は、肉体に同一化した自己をその真の本性である魂との一致へと高めるべきである。感覚や物質的なもつれという卑しい幻惑の層に沈み込んだままであってはならない」
  8. 「ヨギは、複雑に入り組んだ人間的欲望を、比類なき神に捧げられた一神教的な大いなる炎に供える。これこそが真のヨーガの火の儀式であり、過去と現在のすべての欲望が、神聖なる愛によって燃料として消費されるのである」
  9. 「失敗の季節こそが、成功の種を蒔く最良の時である」
  10. 「カースト、信条、階級、肌の色、性別、人種といったあらゆる偏見を無視して、スワミは人類の兄弟愛の教えに従う。その目標は霊との絶対的合一である」
  11. 「ヨギが瞑想を始めるとき、感覚に基づくあらゆる思考や所有への欲望を捨て去らなければならない。それは、感情の波(チッタ)とそこから生じる心の落ち着きのなさを静め、魂の束縛なき超意識の支配力を回復させる技法を適用することによってなされる」
  12. 「心が完全に超意識に引き込まれると、それは脊柱における至福に集中する。そのとき人は観念体、すなわち因果体にある。それが魂の次元である」
  13. 「人が必要に迫られて結婚するならば、ただ神のためだけに生きたいと思う境地に至るために、再び生まれ変わらなければならないだろう」
  14. 「西洋においても、自然を外的に征服することと同様に、内的な自己制御の科学が必要であると認識される日が近づいている。この新しい原子の時代において、人々の心は、物質が実際にはエネルギーの凝縮であるという、いまや科学的に疑う余地のない真理によって冷静さを増し、視野を広げるだろう」
  15. 「私の最も初期の記憶は、前世の時代錯誤的な特徴を伴っていた。ヒマラヤの雪の中にいる一人のヨギとしての遠い生涯を、私は明確に思い出した。過去のその一端の記憶は、次元を超えたつながりによって、未来の一端をも私に示してくれた」
  16. 「人間の形は天使の形よりも高く、あらゆる形の中で最も高いものである。人間は自由を求めるがゆえに、創造において最も高貴な存在である」
  17. 「人生において神に第二の位置を割り当てることは、私には考えられなかった。神は宇宙の唯一の所有者であり、生から生へと沈黙のうちに私たちに贈り物を与えてくださる。しかし、ただ一つ神が所有されないものが残る。それは人間の愛であり、それを拒むか捧げるかは各人の心に委ねられている」
  18. 「分離した自我としての感覚は、肉体ではなく星界の身体から始まる。魂とは、個別化された霊である」
  19. 「普通の人は、固体や液体、そして物質世界のエネルギー的な現れを大きく異なるものと考える。しかしヨギは、それらを一つの宇宙光のさまざまな振動として見る」
  20. 「瞑想における不注意な無関心や身体の落ち着きのなさは、否定的な波動を生じさせる」
  21. 「あなたの心には真の友を引き寄せる磁石がある。その磁石とは利他心であり、他者を先に思うことである。人のために生きることを学ぶとき、人もまたあなたのために生きてくれる」
  22. 「私の強い旅への愛は、父によってほとんど妨げられることがなかった。幼い少年であっても、父は私に多くの都市や巡礼地を訪れることを許してくれた」
  23. 「宇宙エネルギーは延髄を通じて体内に入り、その後大脳へと伝わり、そこで蓄えられ集中される」
  24. 「催眠術とは、他者の意識領域への侵入である。その一時的な現象は、神を悟った人々が行う奇跡とは何の共通点も持たない」
  25. 「創造主が、あらゆる被造物の原子の中にその存在を神秘で覆い隠すという無限の労を取られたのは、ただ一つの理由からである――それは、人間が自由意志によってのみ神を求めることを望まれたからである」
  26. 「私の魂が心を通して微笑み、心が目を通して微笑むようにし、悲しむ心に豊かな微笑みを散らすことができますように」
  27. 「誰であれ私のもとに来る者は、自らの心にあるものの鏡として私を見る。そこで私は、その人が克服すべき自らの資質を見出せるよう助けようとする」
  28. 「すべてのものは、最初は一つの観念であり、特別な創造である」
  29. 「ヨギは堅固な座に座して瞑想すべきである。その座は清浄であり、汚れや他者の不浄な波動に染まってはならない。人の思念や生命力は、彼が用いる物や住居に浸透するからである」
  30. 「ヨギとなり、心の平静を保ち、欲望に満ちた計画的行為への内的関与から自由であることは、自己とその行為の果実を求めてやまない満たされぬ欲望とを同一視することを放棄しない限り、誰にもできない」
  31. 「どれほど失敗しても、立ち上がって再び挑戦しなさい。あなたが神を見捨てず、努力を続ける限り、神があなたを見捨てることは決してない」
  32. 「すべての誠実な仕事は良い仕事である。それは自己成長へと導く力を持っている。ただし、行う者がそこに内在する教訓を見出し、その成長の可能性を最大限に活かそうとするならば」
  33. 「スワミは、理屈ばかりの乾いた思索や冷たい禁欲の道だけを歩むこともあり得る。しかしヨギは、身体と心を鍛錬し、魂を解放するための明確な段階的手順に従って修練に励む」
  34. 「私たちの内には、常に二つの力が互いに争っている」
  35. 「運命が終わり自由意志が始まる地点を知るのは、賢者だけである。その間も、あなたは自らの最も明晰な理解に従って最善を尽くさねばならない。溺れる者が空気を求めるように、あなたは自由を渇望しなければならない。真摯な渇望なしには、決して神を見出すことはできない」
  36. 「この人生は人間自身の芝居ではない。もし彼が極めて複雑な宇宙のドラマに個人的かつ感情的に巻き込まれるならば、神聖な『筋書き』を歪めたことで必然的な苦しみを刈り取ることになる」
  37. 「スリ・ユクテスワルは、権力を持つ者や業績を成した者に特別な配慮を示すことはなかった。また、貧困や無学のゆえに他者を軽んじることもなかった。彼は子どもの口から出る真実の言葉に敬意をもって耳を傾け、思い上がった学者は公然と無視した」
  38. 「落ち着き、穏やかさを保ち、常に自己を制御しなさい。そうすれば、人と調和して生きることがいかに容易であるかを知るだろう」
  39. 「真のヨギは、義務を果たしながら世の中に留まることができる。そのとき彼は、水の上に浮かぶバターのようであり、撹拌されず鍛錬されていない人類の牛乳のように容易に薄められてしまうものではない」
  40. 「内省、すなわち『静寂に座ること』は、心と感覚を生命力によって結びつけられている状態から無理に引き離そうとする、非科学的な方法である。神性への回帰を試みる観想的な心は、生命の流れによって絶えず感覚の方へ引き戻されてしまう」
  41. 「自分自身の心の幸福だけでは魂を満たすことはできない。自らの幸福に不可欠なものとして、他者の幸福を含めようとしなければならない」
  42. 「神を悟った人は、あらゆる人間の姿を夢の映画の映像のように見る。それらは宇宙意識の光の相対性と、迷妄の影によって形作られているからである」
  43. 「青年に対する全人的教育の理想は、常に私の心に近いものであった。身体と知性の発達だけを目的とする通常の教育が、いかに不毛な結果をもたらすかを私ははっきりと見ていた」