宮沢賢治

- 1896年8月27日~1933年9月21日(37歳没)
- 日本出身
- 詩人、童話作家、農業指導者
人物像と評価
宮沢賢治は、大正から昭和初期にかけて活躍した日本の詩人・童話作家・教育者である。
農民のための指導者として生涯を岩手で過ごし、自然・宗教・科学・芸術を融合させた独自の宇宙観を持つ作品を多く遺した。
代表作には『銀河鉄道の夜』『雨ニモマケズ』『注文の多い料理店』などがある。
その詩と童話には、仏教思想や博物学的観察、農村生活への共感が深く反映されており、死や救済、自己犠牲といったテーマが静謐かつ幻想的に描かれている。
一方、生前の評価は限られており、没後にその芸術的価値が再評価された。
彼の功績は、日本近代文学における抒情と寓話の融合を成し遂げた点にあるが、一部では難解で観念的すぎるとの批評も存在する。
とはいえ、宮沢賢治は魂の純粋性と理想への献身を貫いた文学者として、今なお多くの人々に感動を与えている。
名言
- 「ああ、輝く四月の底を、歯ぎしりしながら燃えて行き来する。私はひとりの修羅なのだ」
- 「雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫な体を持ち 欲はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている」
- 「海だと思っていたけれど おれが思っていたのは やっぱり光る山だったんだ」
- 「永久の未完成これ完成である」
- 「かなしみはちからに、欲りはいつくしみに、いかりは智慧にみちびかるべし」
- 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」
- 「人はやるだけのことはやるべきである。けれどもどうしてもどうしてももうできないときは落ちついてわらっていなければならん。落ちつき給え」
- 「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く」
- 「まずもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばろう」
- 「みんなむかしからのきょうだいなのだからけっしてひとりをいのってはいけない」
- 「わたくしという現象は仮定された有機交流電灯のひとつの青い照明です」
- 「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます」
- 「・・・・・・われらに要るものは銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である・・・・・・」