オノ・ヨーコ 「音楽ビジネスと音楽そのものの間には大きな違いがあると思います。私が関わっているのは音楽であって、音楽ビジネスではありません。ビジネスは常に変わっていくでしょうが、音楽そのものは変わりません。音楽はいつもそこにあるのです」
オノ・ヨーコ 「60年代には、人々はまだ自分が属する分野をとても守っていました。アヴァンギャルドの芸術家たちはロックやポップ、ジャズを知りませんでしたし、ジャズの人々ももちろん他の音楽を知ろうとはしませんでした。彼らは皆、自分の領域を守っていたのです」
オノ・ヨーコ 「作曲のプロセスはいつも同じです。新しい曲のインスピレーションを得たら、それを失わないようにすぐ紙に書き留めます。スタジオに持って行く準備ができたら、ピアノで何度か弾いて編集や追加を行い、歌詞をタイプしてスタジオに持ち込みます。時には紙に何も書いていないこ...
オノ・ヨーコ 「60年代、ベトナム戦争が続いていたとき、私たちは平和のために闘いました。警官や政治家に反対し、多くの旗を振るなどの活動をしていました。そしてある意味で、彼らが戦争のマッチョイズムを楽しんでいたのと同じように、私たちは反戦のマッチョイズムを楽しんでいたのだ...
オノ・ヨーコ 「化学的あるいは生物学的に言えば、私たちは多くのことを研究していますが、その半分も理解していません。私たちはその半分 ― 象徴的に ― しか知らず、自分自身のことさえ半分以上は分かっていないのです」
オノ・ヨーコ 「媒体としての音には信じられないほどの柔軟性があります。だからこそ、他の分野の芸術家が音を使って何かを試みたくなるのは当然です。なぜそうしないのでしょうか。私たちは、望めばあらゆる形の芸術と音楽を集めて混ぜ合わせることに制限がない時代に生きているのです」
オノ・ヨーコ 「私は時に幸せであり、時にそうではありません。結局のところ、私は人間なのです。そして私たちが時に幸せであり、時にそうでないことを嬉しく思います。さまざまな感情を持つことで知恵が働くのです」