P・J・オローク 「私は公立学校で育ったが、それは巨大な公立学校だった。生徒数3,200人の学校に通い、小学校の授業は40人余りのクラスだった。規律は厳格で、学びの大半は暗記中心だった。それでうまくいった」
P・J・オローク 「もちろん、誰も投票を禁止したいとは思わない。投票はスポーツや娯楽の目的で引き続き利用可能であるべきだ。しかし、明らかに制限すべき種類の投票もある。たとえば『アサルト投票』のように、唯一の目的が他者を傷つけることであるようなものだ」
P・J・オローク 「いずれにせよ、アルコールを含めいかなる薬物も社会の根本的な病の原因ではない。我々の問題の源を探すのであれば、人々を薬物検査するのではなく、愚かさ、無知、強欲、そして権力欲を検査すべきである」
P・J・オローク 「クリントン政権は、テキサスの人々が銃を持った宗教的狂信者だったから攻撃を仕掛けた。だが、この国は銃を持った宗教的狂信者によって建国されたのだ。ビル・クリントンはプリマス・ロックに上陸したのが誰だと思っているのか」
P・J・オローク 「現代のエリートたちは、アナーバー、ブルックライン、アッパー・ウエスト・サイド、パロアルト、シェビーチェイスといったリベラルで豊かな泡の中に暮らしている。これらの場所の近くにはかつて貧しい地域があったが、そこから貧困層は、グループホームに住む若者やヒップス...
P・J・オローク 「ニュージーランドには一度だけ、1989年頃に行ったことがある。驚くほど美しく、私が住むニューイングランドの理想形のようで、それ以上のものでもあったが、滞在が短かったので明確な印象を得たとは言えない」
P・J・オローク 「強制的な政府の慈善に美徳はなく、それを擁護することにも美徳はない。政府の慈善事業を拡大したいがために自らを『思いやりがあり、繊細である』と描く政治家は、単に他人の金で善行をしようとしているにすぎない」
P・J・オローク 「カリフォルニア人とは、自分で野菜を育てることにこだわりながらも、美しい芝生を掘り返そうとはせず、汚れるのを恐れて何も植えず、悪臭のする堆肥の代わりにボディショップの香り高いバスソルトを使う人々である」
P・J・オローク 「テルアビブは新しい都市であり、1890年代にヤッファの北の砂丘に建設された。ちょうどマイアミが創設されたのと同じ頃である。両都市は規模、立地、気候、そして建築様式において似通っており、その建築は平凡から、奇抜に平凡なものに至るまで幅広い」