教皇フランシスコ 「今日においても、私たちは兄弟に手を上げている。武器を完成させ、良心は眠りにつき、自らを正当化するために思想を研ぎ澄ませ、まるでそれが当然であるかのように破壊と苦痛と死をまき散らし続けている。暴力と戦争がもたらすものは死だけである」
教皇フランシスコ 「信仰を持たない者にとっても、良心に背くとき罪は存在する。良心に耳を傾け、それに従うことは、善か悪かと感じられるものに直面して決断することを意味する。そしてこの決断によって、行為の善悪が定まる」
テイヤール 「結局のところ、なぜ善人に悪いことが起こるのかという問いは、まったく異なる問いへと変化する。それはもはや、なぜそれが起こったのかを問うのではなく、それにどう応えるのか、そしてそれが起こった今、私たちは何をしようとするのかを問うのである」
テイヤール 「外部から見る者の九割にとって、キリスト教の神は自らの領地である世界を管理する大地主のように見える。しかしこの通俗的なイメージは、見かけ上はもっともらしく思えても、福音書の教義的基盤や視点とは全く一致しない」
テイヤール 「私たちは皆、偉大な日や大いなる戦いや力ある行為を待ち望んで生きている。しかしその外的な成就は多くの人に与えられるものではなく、また必ずしも必要ではない。私たちの存在がすべてのものの霊に向かって情熱をもって緊張し、定められているなら、その霊は私たち自身の隠...
テイヤール 「人生に微笑む者に抗えるものは何もない――私が言うのは、祖父のような皮肉と幻滅に満ちた笑いではなく、破滅のように見えるものによってさえ救われる、あるいは生き延びると確信している者の勝利の微笑みである」
テイヤール 「球体の上に置かれているということが、どれほど屈辱的で苦しいことか考えたことがあるだろうか? 友情にとっては、遠く離れるといっても反対側までしか行けないのは恩恵である。しかし、もし共にどこまでも進んで行こうとしたら、それは不可能だ。ある一点を越えることは、...
テイヤール 「教会は大いなる樹のようなものであり、その根は力強く大地に根ざし、葉は穏やかに明るい太陽の光にさらされていなければならない。このようにして教会は、すべてを包み込む一つの生きた行為の中に、あらゆる調べを集約し、それぞれが霊化の一段階、あるいは可能な形態に対応...
テイヤール 「地殻は我々の足元でいまだに隆起し沈降し続けている。地平線には今も山脈が押し上げられており、大陸の下では花崗岩が成長し続けている。有機的世界もまた、その数えきれぬ枝々の先端で新しい芽を生み出すことをやめてはいない」
テイヤール 「事実が示しているのは、いかなる宗教的信仰も――歴史上のいかなる時点においても――現代のキリスト教ほど強い温かさ、より激しい統合の力を解き放ったものはないということである。そしてそれがよりカトリック的であればあるほど、私の言葉はより真実となる」
テイヤール 「進化とは理論か、体系か、仮説か。それ以上のものである。それはあらゆる理論、あらゆる仮説、あらゆる体系が従わねばならず、またそれに適合しなければ、もはや考え得るもの、真なるものとはなり得ない一般的条件なのである」
テイヤール 「私にとって無原罪の御宿りの祭日は、『受動的行為』の祭日である。それは、神的エネルギーが我々を通して単純に伝達されることによって働く行為である。純潔は、外見とは異なり、本質的には能動的な徳である。なぜなら、それは神を我々の内に、そして我々の影響を受ける者た...
テイヤール 「東洋の宗教の比類なき偉大さは、統一への情熱において他に劣らぬほどに響き渡っている点にある。この響きはあらゆる神秘主義の形態に不可欠なものであり、それが彼らの内にあまりに深く浸透しているために、我々は彼らの神々の名を口にするだけで魅了されてしまう」