「姦淫における悪は情欲にある。他人の妻と共に暮らす機会がなくとも、もしその望みが明らかであり、機会さえあればそうしたであろうならば、それは実際に行為を見つかったのと同じ罪である」

アウグスティヌス(画像はイメージです)
アウグスティヌス(画像はイメージです)
  • 354年11月13日~430年8月28日(75歳没)
  • ローマ帝国(現アルジェリア)出身
  • 神学者、哲学者、キリスト教教父、ラテン教父

英文

”Passion is the evil in adultery. If a man has no opportunity of living with another man’s wife, but if it is obvious for some reason that he would like to do so, and would do so if he could, he is no less guilty than if he was caught in the act.”

日本語訳

「姦淫における悪は情欲にある。他人の妻と共に暮らす機会がなくとも、もしその望みが明らかであり、機会さえあればそうしたであろうならば、それは実際に行為を見つかったのと同じ罪である」

解説

この言葉は、罪の本質は外的行為ではなく内面的な欲望にあるというアウグスティヌスの倫理観を示している。彼はしばしば心の中の意志や意図を罪の源とみなし、行為に至らなくとも欲望そのものが神の前では裁かれると説いた。これはキリスト教における「心の清さ」の重視と一致しており、外面的な規範遵守よりも内面の純潔を求める立場を強調している。

この考えは、当時の社会においても重要であった。ローマ帝国末期の道徳的退廃の中で、アウグスティヌスは外面的に罪を隠しても、神は心を見抜くと強く訴えた。これにより、信徒に内面的な自己省察と節制の重要性を促したのである。

現代においても、この言葉は意味を持つ。たとえば、不正や背信の問題は行為そのものだけでなく、動機や欲望の段階から警戒すべきであるという示唆を与える。情報化社会においては不適切な欲望や思考が容易に具体化する危険があるため、心の持ち方を正すことが社会的・個人的な倫理に直結する。内面の純粋さが行動の正しさを保証するというアウグスティヌスの指摘は、今なお有効な教えである。

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