「あらゆる言葉は銭のように必ず両面をそなえている。たとえば『敏感な』という言葉の一面は畢竟『臆病な』ということに過ぎない」

- 1892年3月1日~1927年7月24日
- 日本出身
- 小説家、評論家
原文
「あらゆる言葉は銭のように必ず両面をそなえている。たとえば『敏感な』という言葉の一面は畢竟『臆病な』ということに過ぎない」
解説
この言葉は、言葉の持つ多義性と価値判断の相対性を示すものである。芥川は、ある言葉が肯定的に使われる場合でも、裏側には否定的な意味合いが潜んでいることを鋭く指摘している。「敏感な」という表現が繊細さや感受性の豊かさを称賛するようでありながら、裏を返せば「臆病」や「過敏」という弱さの表現にもなり得るという洞察は、言語表現の本質に迫っている。
芥川が活躍した大正から昭和初期にかけての時代は、近代的な自我の確立や個性の表現が文学の大きなテーマであり、その中で言葉の重みや曖昧さが問われていた。彼は作家として、常に表現の正確さと曖昧さのはざまで葛藤していた。そのような背景において、言葉は一義的なものではなく、常に評価や文脈によって変化するという考えは、芥川の思想の核心の一つといえる。
現代社会においてもこの視点は有効である。たとえば「自己主張が強い」は「積極的」とも「わがまま」とも解釈されうるし、「慎重」は「優れた判断力」の表れにも「優柔不断」の証にもなり得る。言葉を使うとき、その裏側にある別の意味や評価を意識することの重要性を、この名言は静かに教えているのである。
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