「経験は、動産奴隷制よりわずかにましなだけで、その影響において同じく苦痛と抑圧に満ちた賃金奴隷制が存在しうること、そしてこの賃金の奴隷制もまたもう一方とともに滅びなければならないことを示している」

フレデリック・ダグラス
フレデリック・ダグラス(画像はイメージです)
  • 1818年2月頃~1895年2月20日(77歳没)
  • アメリカ合衆国出身
  • 奴隷解放運動家、作家、演説家、政治活動家

英文

“Experience demonstrates that there may be a wages of slavery only a little less galling and crushing in its effects than chattel slavery, and that this slavery of wages must go down with the other.”

日本語訳

「経験は、動産奴隷制よりわずかにましなだけで、その影響において同じく苦痛と抑圧に満ちた賃金奴隷制が存在しうること、そしてこの賃金の奴隷制もまたもう一方とともに滅びなければならないことを示している」

出典

出典不詳(編集中)

解説

この言葉が意図しているのは、人間の自由が単に法的な身分の問題ではなく、実際の生活条件と労働のあり方によって左右されるという考え方である。名目上は自由であっても、生きるために選択の余地なく労働を売らねばならない状態が続くなら、それは別の形の隷属になりうるという認識が示されているのであり、ここでは経済的依存が人間の尊厳を侵食する危険が強く意識されている。

この考えが語られた十九世紀の社会では、法的奴隷制が崩れつつある一方で、急速な資本主義化と産業化が新たな不平等を生み出していた。フレデリック・ダグラスは、身体を所有される奴隷制と賃金によって縛られる労働のあいだに連続性を見ており、自由とは単に鎖が外れることではなく、自立して生きられる条件が与えられることだという思想的立場からこの問題を捉えていた。

現代においてもこの言葉は、雇用の自由や市場の競争がそのまま人間の自由を保証するわけではないという警告として読むことができる。教育や交渉力を欠いた労働者が構造的に不利な立場に置かれるとき、形式的な契約はあっても実質的には拘束された生き方が再生産されるからである。自由と規律、勤労と自己形成の関係を問い直し、人が自らの労働を主体的に選び取りうる社会を築くことが、ここで言われる賃金の奴隷制を乗り越える現代的課題なのである。

「フレデリック・ダグラス」の前後の引用


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