「彫刻家たちの専門用語は私には理解できない。なぜ私が、緑の花崗岩で作られ、妊娠しているかのように見える片目の怪物が直角の角を回っている姿を称賛するのか、正確にはわからない」

エズラ・パウンド(画像はイメージです)
  • 1885年10月30日~1972年11月1日(87歳没)
  • アメリカ合衆国出身
  • 詩人、批評家、翻訳家

英文

“The jargon of sculptors is beyond me. I do not know precisely why I admire a green granite female, apparently pregnant monster with one eye going around a square corner.”

日本語訳

「彫刻家たちの専門用語は私には理解できない。なぜ私が、緑の花崗岩で作られ、妊娠しているかのように見える片目の怪物が直角の角を回っている姿を称賛するのか、正確にはわからない」

解説

この言葉は、芸術鑑賞における理屈では説明できない直感的な感動を表している。エズラ・パウンドは、自らを理論家であり詩人であると同時に、芸術の価値を言葉や理屈ではなく感覚的な体験として捉えていた。ここで登場する「緑の花崗岩の妊娠した片目の怪物」は、おそらく現代彫刻の一例であり、理解不能であっても強い印象を与える作品を指している。

背景には、20世紀初頭から中盤にかけての前衛芸術や抽象彫刻の登場がある。従来の美的規範を破壊し、奇怪とも思える造形で人々を挑発する作品が数多く生まれた時代であった。パウンドはその理屈の難解さに困惑しながらも、純粋な直感としての美的体験を認めている。この姿勢は、彼が芸術を生の力として受け止めていたことを示している。

現代的に考えると、この言葉は「理解できなくても心を動かす芸術」の存在を肯定するものといえる。たとえば抽象美術や現代アートは、多くの人にとって難解だが、それでも強烈な印象や感情を呼び起こす。パウンドの言葉は、芸術の価値は必ずしも説明可能性にあるのではなく、不可解さを含めた感覚的衝撃こそが鑑賞の本質であると教えているのである。

感想はコメント欄へ

この名言に触れて、あなたの感想や名言に関する話などを是非コメント欄に書いてみませんか?

「エズラ・パウンド」の前後の名言へ


申し込む
注目する
guest

0 Comments
最も古い
最も新しい 高評価
インラインフィードバック
すべてのコメントを見る