「アメリカでは、国家的戦争努力の大部分を占めるほどの規模で原子爆弾の製造が試みられることが決定された。ドイツでは、そのアメリカの取り組みの千分の一の規模で、原子力を動力源とする機関の開発に取り組んだに過ぎなかった」

ヴェルナー・ハイゼンベルク(画像はイメージです)
ヴェルナー・ハイゼンベルク(画像はイメージです)
  • 1901年12月5日~1976年2月1日(74歳没)
  • ドイツ出身
  • 物理学者、ノーベル物理学賞受賞者

英文

”In America, it was decided to attempt the production of atomic bombs with an effort that would constitute a large part of the collective American war effort. In Germany, an effort one thousandth the scale of the American was applied to the problem of producing atomic energy that would drive engines.”

日本語訳

「アメリカでは、国家的戦争努力の大部分を占めるほどの規模で原子爆弾の製造が試みられることが決定された。ドイツでは、そのアメリカの取り組みの千分の一の規模で、原子力を動力源とする機関の開発に取り組んだに過ぎなかった」

解説

この言葉は、第二次世界大戦期におけるアメリカとドイツの原子力研究の規模の差を端的に示している。アメリカは国家的総力を投入してマンハッタン計画を遂行し、膨大な資金・人材・資源を投入して原子爆弾の開発に成功した。一方、ドイツの取り組みは極めて小規模であり、研究対象も爆弾ではなく主に原子炉(ウラン機関)であった。

この差は単なる規模の違いにとどまらず、戦略的な選択や戦況の違いも反映している。アメリカは大戦を早期に終結させる手段として核兵器を重視したのに対し、ドイツは資源不足や戦況悪化により兵器開発を本格化させる余裕がなかった。結果として、ドイツの物理学者たちは爆弾開発に直面することなく、動力源としての原子力研究に限定されたのである。

現代から見ると、この言葉は科学技術の成果がどのように国家戦略や資源の配分に依存するかを示している。もしドイツがアメリカと同規模の取り組みを行っていれば、歴史は大きく変わっていた可能性がある。したがって、この言葉は科学の進歩が単に理論や発見の問題ではなく、社会的・政治的な意思決定と深く結びついていることを強調しているのである。

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