「人生とは、見るに耐えぬ蛆虫のようなものであり、朝露が乾く間もないほど短く、せいぜい五十年か七十年の間を戯れのように過ぎていくものなのだから、自分の存在を含め、すべての物事を軽く見て、熱中しすぎて生きるべきではない」

- 1835年1月10日~1901年2月3日(66歳没)
- 日本出身
- 思想家、教育者、著述家、啓蒙運動の先導者、慶應義塾の創設者
原文
「人生は見る影もなき蛆虫に等しく、朝の露の乾く間もなき、五十年か七十年の間を、戯れて過ぎ逝くまでのことなれば、我一身を始め万事万物を軽く視て、熱心に過ぐることある可らず」
現代語訳
「人生とは、見るに耐えぬ蛆虫のようなものであり、朝露が乾く間もないほど短く、せいぜい五十年か七十年の間を戯れのように過ぎていくものなのだから、自分の存在を含め、すべての物事を軽く見て、熱中しすぎて生きるべきではない」
解説
この言葉は、人生のはかなさと、その儚さを見据えたうえでの諦観(ていかん)や達観の境地を表した、福沢諭吉の内面に潜む哲学的な一面を示している。彼は普段、実学や独立自尊など現実的で行動的な思想を説いたが、この言葉ではむしろ、人生を一種の虚無感をもって眺める冷静さが語られている。
「蛆虫」「朝露」「五十年か七十年」などの表現には、人間の存在が自然の大きな営みの中では極めて取るに足らないものであるという視点が込められている。そして「万事万物を軽く視て」とは、執着や熱中から離れ、少し距離を置いて世の中を見る姿勢を意味する。これは、冷笑でも投げやりでもなく、むしろ冷静に物事を判断するための心の余裕とも取れる。
現代においても、社会的競争や成果主義に追われがちな中で、こうした言葉は一歩引いた視点で人生や価値を見直す機会を与えてくれる。福沢は、何事にも真剣であることを否定しているのではなく、熱中しすぎて我を失わぬようにとの警鐘を鳴らしているのである。冷静な軽みの中に、真の自由と知性を見出そうとする姿勢が、この言葉には深く刻まれている。
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