「わたしはずいぶん嫉妬深いと見えます。たとえば宿屋に泊った時、そこの番頭や女中たちがわたしに愛想よくおじぎをするでしょう。それからまたほかの客が来ると、やはり前と同じように愛想よくおじぎをしているでしょう。わたしはあれを見ていると何だか後から来た客に反感を持たずにはいられないのです」ーーそのくせ僕にこう言った人は僕の知っている人々のうちでも一番温厚な好紳士だった。

- 1892年3月1日~1927年7月24日
- 日本出身
- 小説家、評論家
原文
「わたしはずいぶん嫉妬深いと見えます。たとえば宿屋に泊った時、そこの番頭や女中たちがわたしに愛想よくおじぎをするでしょう。それからまたほかの客が来ると、やはり前と同じように愛想よくおじぎをしているでしょう。わたしはあれを見ていると何だか後から来た客に反感を持たずにはいられないのです」ーーそのくせ僕にこう言った人は僕の知っている人々のうちでも一番温厚な好紳士だった。
解説
この名言は、人間の嫉妬心がどれほど無意識かつ理不尽なものであるかを、日常の一場面を通して鮮やかに示している。誰かに向けられた好意や関心が、自分だけのものではなかったと知った時に覚える小さな怒りや寂しさ。それは理屈ではなく、感情の奥底から自然に湧いてくるものである。
特に興味深いのは、この言葉が最も温厚で礼儀正しいとされる人物の口から出たという点である。これは、外面の穏やかさや品性の高さが、必ずしも内面の感情の平穏を意味しないという逆説を含んでいる。芥川はここで、「好紳士」でさえも嫉妬の毒を内に抱えていることを示し、人間の複雑で矛盾した本性を描き出している。
現代でもこの感覚はよく理解されるだろう。SNSで他人の「いいね」の数に嫉妬する感情など、状況は違えど同じ心理が働いている。芥川のこの観察は、どんなに理性的に振る舞っても、人はしばしば独占欲や自己愛に揺さぶられてしまうという、普遍的な真実を示しているのである。
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