「もし余命が与えられるならば、私は五十年を『易経』の学びに捧げたい。そうすれば、大きな過ちを犯さずに済むかもしれない」

- 紀元前551年~紀元前479年
- 中国(春秋時代の魯)出身
- 思想家・教育者・政治家
英文
“If some years were added to my life, I would give fifty to the study of the Yi, and then I might come to be without great faults.”
日本語訳
「もし余命が与えられるならば、私は五十年を『易経』の学びに捧げたい。そうすれば、大きな過ちを犯さずに済むかもしれない」
解説
この言葉は、孔子が自らの人生において『易経(えききょう)』の学問をいかに深く尊んでいたかを示す発言である。『易経』は変化の原理と宇宙の秩序を説いた古代中国の書であり、自然と人事の深い関係を明らかにする哲理の書として、儒家にとって重要な位置を占めていた。孔子はこの書を通じて、人生や政治における洞察と判断力をさらに深めたいと願った。
「五十年を捧げたい」という言葉には、学びに終わりはなく、真理の理解には長い年月が必要であるという孔子の謙虚な姿勢が表れている。すでに広範な学識と高い道徳を備えていた孔子が、なおも「大きな過ちを避けられるかもしれない」と語るのは、真の知とは限りない探求心と自己省察の中にあるという強い信念の現れである。
現代においても、どれほどの地位や知識を得ても、なお学び続ける姿勢が人格の深さを形づくる。孔子のこの言葉は、知識と徳は年齢や成果に関係なく、絶えず磨かれるべきものであるという普遍的な教えを、深い敬意と共に語っている。
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