「最近は神の話をよく耳にする。慈悲深い神、偉大なる神、全能の神、最強の神、命を与える神、死を創る神──とにかく神のことばかりだ。だから、私たちはそれにどう向き合うかを学ぶべきだ。でも、もし神について何か言えるとすれば、それは神が気まぐれだということだ」

- 1941年5月24日~
- アメリカ合衆国出身
- シンガーソングライター、詩人、ノーベル文学賞受賞者
英文
“You hear a lot about God these days: God, the beneficent; God, the all-great; God, the Almighty; God, the most powerful; God, the giver of life; God, the creator of death. I mean, we’re hearing about God all the time, so we better learn how to deal with it. But if we know anything about God, God is arbitrary.”
日本語訳
「最近は神の話をよく耳にする。慈悲深い神、偉大なる神、全能の神、最強の神、命を与える神、死を創る神──とにかく神のことばかりだ。だから、私たちはそれにどう向き合うかを学ぶべきだ。でも、もし神について何か言えるとすれば、それは神が気まぐれだということだ」
解説
この言葉は、神という存在に対する人間の解釈と信仰の矛盾、そしてその不確かさに対するディランの根源的な懐疑を示している。数々の称号とともに崇拝される神が、善や力、命や死といったあらゆる対立をも含んだ全能の存在として語られる一方で、実際には人間にはその意図や判断が理解できないという事実に言及している。「arbitrary(気まぐれ)」という言葉には、神が人間の理性や倫理の枠を超えた存在であるという、畏れと皮肉の両方が込められている。
ディランは1970年代に宗教的な転機を経験し、多くの楽曲で神や信仰を主題に扱ったが、同時に彼の信仰は絶対的な盲従ではなく、苦悩と問いかけを含んだ複雑なものであった。この発言もまた、神という観念が時に社会の中で形式化され、言葉として消費されていることへの違和感を含んでおり、信仰の深みと不確かさを同時に浮かび上がらせる。
現代社会において、宗教的言語は政治や日常の中にも入り込み、多様な意味で語られるが、そのたびに「神とは何か」を真剣に問うことは少なくなっている。この名言は、絶対とされるものへの問いを忘れないこと、そしてその理解の限界を認めることの重要性を突きつけている。神の名を口にするたびに、その不可解さと向き合う覚悟が求められる──それが、ディランの冷徹で誠実な信仰のスタンスである。
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