「私はあの年月を、とても非個人的に生きていたと思います。まるで、自分の外側に“大統領夫人”という別の人物を築き上げて、その人として振る舞っていたかのようでした。私は自分自身の深いところに埋もれて、見失われていたのです。ホワイトハウスを離れるまで、私はずっとそのように感じ、そのように働いていました」

- 1884年10月11日~1962年11月7日
- アメリカ合衆国出身
- 大統領夫人(ファーストレディ)、人権活動家、外交官、作家
英文
“I think I lived those years very impersonally. It was almost as though I had erected someone outside myself who was the president’s wife. I was lost somewhere deep down inside myself. That is the way I felt and worked until I left the White House.”
日本語訳
「私はあの年月を、とても非個人的に生きていたと思います。まるで、自分の外側に“大統領夫人”という別の人物を築き上げて、その人として振る舞っていたかのようでした。私は自分自身の深いところに埋もれて、見失われていたのです。ホワイトハウスを離れるまで、私はずっとそのように感じ、そのように働いていました」
解説
この名言は、エレノア・ルーズベルトがファーストレディとしての公的役割と、自分自身の内面的なアイデンティティとの間に抱えていた葛藤を、率直かつ痛切に表現した言葉である。表面上は国民の前で積極的に行動していた一方で、個人としての自分は役割の背後に隠され、深く埋もれていたという感覚が読み取れる。これは、公的責任と私的存在の乖離という重いテーマを浮かび上がらせている。
ルーズベルトは、アメリカ史上最も能動的に活動したファーストレディとして知られるが、その裏には、「大統領の妻」としての理想像を演じながら、個人としての自我を抑え込む苦悩が存在していた。この名言は、彼女の政治的・社会的な実績の影にあった、深い孤独と自己喪失の経験を率直に語っており、公人であることの重圧がいかに個人の内面に影響を与えるかを如実に示している。
現代社会においても、社会的役割や他者からの期待に応えることが、本来の自分とのずれや苦しみを生む要因となることが多い。この言葉は、自己を見失わずに公的な責任を果たす難しさ、そして本当の自分に立ち返る重要性を思い出させてくれる。強く見える人ほど、深く自分を犠牲にしていることがある——そのことを静かに、しかし確かな言葉で教えてくれる名言である。
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