「最も大きな快楽は、嫌悪と紙一重のところにある」

紀元前106年1月3日~紀元前43年12月7日
ローマ共和国出身
政治家、弁護士、哲学者、雄弁家
共和政ローマを代表する弁論家・思想家として知られ、ラテン文学とローマ法の発展に多大な影響を与えた。政治的混乱の中で共和政の理想を擁護し、著作を通じて西洋政治思想と修辞学に大きな遺産を残した。
英文
”The greatest pleasures are only narrowly separated from disgust.”
日本語訳
「最も大きな快楽は、嫌悪と紙一重のところにある」
解説
この言葉は、人間の感覚的快楽と嫌悪との間には非常に細い境界しかなく、極端な喜びは容易に反転して不快や嫌悪へと変わりうるという、キケロの節度ある快楽観を示した格言である。彼は、快楽(voluptas)を決して絶対的善とせず、節度(moderatio)と理性(ratio)によって制御されない快楽は、しばしば不快や堕落へと転落する危険をはらんでいると考えた。つまり、快楽はそのまま追求されるべきものではなく、理性によって適度に抑えられなければならないという立場である。
この思想は、キケロが『義務について(De Officiis)』や『老年について(De Senectute)』の中で繰り返し述べる、快楽主義批判とストア派的自制の精神に対応する。彼は、食欲、性欲、娯楽といった感覚的快楽が一時的な満足を与える一方で、すぐに飽和し、場合によっては嫌悪や恥、健康の損失などを招くと警告した。この格言は、快楽と嫌悪という一見対立する感情が、実は極めて近接した心理的領域に存在することを明晰に指摘している。
現代においてもこの格言は、快楽の過剰追求が抱える危険性――依存、浪費、感覚の麻痺、精神的空虚――といった問題に鋭く通じている。たとえば、過度な飲食が満足から嫌悪へ、過剰な消費が喜びから虚しさへと転じる現象は、日常的に経験されうるものである。キケロのこの言葉は、真の満足とは節度の中にあり、極端な快楽のすぐ隣にはしばしば嫌悪という落とし穴が待っていることを教える、警告と知恵に満ちた倫理的格言である。
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