「仏教には瞑想など、誰でも取り入れることができる技法がある。そしてもちろん、信仰心や思いやり、赦す力を育むために、すでに仏教の方法を用いているキリスト教の修道士や修道女もいる」

ダライ・ラマ14世
  • 1935年7月6日~
  • チベット出身
  • 宗教指導者、仏教僧、チベット亡命政府の元首相・精神的指導者

英文

”There are techniques of Buddhism, such as meditation, that anyone can adopt. And, of course, there are Christian monks and nuns who already use Buddhist methods in order to develop their devotion, compassion, and ability to forgive.”

日本語訳

「仏教には瞑想など、誰でも取り入れることができる技法がある。そしてもちろん、信仰心や思いやり、赦す力を育むために、すでに仏教の方法を用いているキリスト教の修道士や修道女もいる」

解説

この言葉は、宗教の枠を超えた実践的な技法の共有に注目している。仏教の瞑想や心の訓練は、特定の宗派や信仰を持たない人であっても活用できる方法であり、精神の安定や慈悲の心を養うための普遍的な手段であると説いている。ここで強調されているのは、宗教の形式ではなく、人間の内面的成長に資する実践そのものの価値である。

背景として、20世紀後半から欧米において仏教の瞑想やマインドフルネスが広まり、宗教を超えた精神的修養法として受け入れられてきた流れがある。特にキリスト教圏では、修道生活を送る人々が瞑想や呼吸法を取り入れ、信仰の深化や慈悲の実践に役立てるようになった。この現象は、宗教間の相互学習の一例であり、相互理解を促す動きでもある。

現代社会においても、この考え方は有効である。例えば、ビジネスや教育の現場でストレス軽減や集中力向上のために瞑想が活用されている。また、宗教的立場の異なる人々が同じ技法を実践することで、共通の人間的基盤を見いだし、協調や共感の土台を築くことができる。したがって、この名言は宗教の違いを越えて、実践を通じた人類共通の精神的成長を指し示しているのである。

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